U.I.

 その昔のコンピューター、と言っても一般人が直接操作するようになった頃のなんでCP/Mとかそう言う時代の話なんだけど、コンピューターへの指示は基本的には英語の命令形に近い形のコマンドで行っていた。

copy A B (AをBにコピーしろ)
rm A (Aを取り除け)

 これだと何ができるか、そのためにはどんなコマンドが必要かを知っていないと全然扱えないわけで一般人には使いやすいものとは言えなかった(自動処理とかやらせる時には便利なんだけど)。

 一方、PARCのAltoを祖先としてMacintoshで一般に紹介され、Windowsで広まった操作の方法はと言えばご承知のように操作の対象を選んでからやりたいこと/できることを選択すると言う方法。Aのコピーが欲しければAのアイコンを選択してからメニューで複製なんてコマンドを選ぶとか、Aってファイルを捨てたければやはりAのアイコンを選んでごみ箱へ。この思考の過程は日本語の語順と同じだ。

飯を食え (飯と言う対象物を示してから行動を指定)

 で、(狭義の)コンピューター関連では前者がCUI、後者がGUIってことになろうかと思うのだけど(まあ、GUIでもコマンド選んでから対象を選択するなんてのもあることはあるな)コンピューターに限らずこの手のコマンドの与え方とかって言うのはいろいろあって、使いにくいと評判の東芝製HDDレコーダーのコマンド体系はまさにCUI方式だったりする。メニューで「(録画番組を)見る」とか「録る」とか「消す」とか選んでから、どれを見るのか選ぶわけだ。「見る」メニューから録画タイトルを眺めていて、「これいらないや」と思っても一度「消す」モードに移行してからじゃないと消せないわけだ。

 もっともRDシリーズの使いにくさはそれだけじゃなくて、「メニュー」ボタンが二種類あったり、色んな機能にちゃんとボタンが用意されているのはいいのだけど、ボタンが用意されているものはそのボタンからしか機能が呼び出せなかったりするって言うのもあるんだけど。東芝の人は自分達で使ってて使いにくくないのかなあ。UNIXコマンドラインばりばりな人がCUIだけでも困らないのと一緒で困らないから使いにくさが理解できないのだろうか。